東北関東大地震を経験!

 

CIMG0300 ぎょうけい館

海辺のくつろぎの宿に泊まり、太平洋から昇る朝日を見て、幸せな気分となり、ヤマサの醤油工場を見学後、「東洋のド-バ-」と呼ばれる屏風ヶ浦を見て帰路につきました。

CIMG0294 日の出

写真上の中央がぎょうけい館と部屋から写した日の出

 

帰路は、横芝光に出て銚子連絡道を通り、千葉東金道路を使って京葉道路に出ようと高田付近を走行中に大きな揺れでハンドルを数回捕られました。 強い横風にやられたかと思ったのですが、これが地震ともう少し走ってから判りました。

何台か車が脇に止まって避難しています。 私は、意に介せず、そのまま走りつづけて京葉道路の穴川に来たあたりから高速道路を下りるよう表示がありました。 指示に従い、習志野ICで高速を下りるとそこから大渋滞で、ほとんど進みません。 高速道を下りた所だけ渋滞が酷いのかと思っていたら、その後もずっと渋滞で、家までの残り50kmを7時間半掛かりました。

途中トイレに行こうと捜すのですが、ガソリンスタンドでガソリンを入れてもトイレは下水が壊れたので使えません。 都内で公衆トイレを捜すも道がそれるとどこも大渋滞なのでその分帰るのが遅くなり、結局飯田橋の公衆トイレまで必死の思いで我慢しました。 また東京湾にも津波警報が出て、もし津波が来たらどうしようと心配しながらの運転でした。

やっとの思いで帰宅し、テレビのニュ-スを見ると被災地は大変な状況です。 陸前高田にいる娘と連絡を取ろうとしても全く繋がりません。 メ-ルも届きません。 避難していて、翌朝になると連絡が来るだろうとタカを括っていたのですが、なんにも連絡がありません。

地震発生後30時間経っても何の情報も得られないし、緊急時の伝言にも反応が有りません。 48時間経っても安否が判らなければ、これは覚悟する必要があると家族皆が思いました。 その48時間が経ち、メ-ルを送り、電話を掛け、もうダメかと思った時、「無事だよ!」と本人からメ-ルが来ました。 避難所を出て、メ-ルが届くようになったそうです。 やはりあの子は、地震の後の津波を警戒して、退避していたのだと安心しました。

これから電気の供給やら物流に支障が出て、いろいろ大変なことが待ち受けていますが、先ずは無事を喜び、一刻も早い復旧を祈るばかりです。

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